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盛岡地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決 1971年12月28日

原告 岩渕信

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 高橋清一

同 菅原一郎

同 菅原瞳

同 山中邦紀

被告亡西洞一郎承継人

被告 西洞サダ

<ほか五名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 吉田政之助

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告亡西洞一郎承継人らは岩手県西磐井郡平泉町に対し金五六八五万〇八〇二円およびこれに対する昭和三九年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、右に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

1  原告らはいずれも岩手県西磐井郡平泉町(以下「平泉町」という。)の住民であり、被告は昭和二一年五月二一日以降昭和三八年四月三〇日に至るまで同町の町長の職にあったものである。

2  岩手県西磐井郡平泉町字大沢一七九番の一三原野一二町六反七畝一九歩(以下「本件土地」という。)並びに同地上の立木(以下「本件立木」という。)はかつて平泉町の所有であった。

本件土地は塔山公園を含んでいるのみならず、一部に特別名勝の指定部分を含んでおり、公共的性格の強いものである。

3  被告は平泉町長として平泉町所有の本件土地および本件立木を昭和三七年三月二六日訴外「毛越寺」に金二五万四〇〇〇円で売渡し(以下「本件売買」という。)、同月二七日所有権移転登記を了した。

4  本件売買は次の理由によって町有財産の違法な処分に該当する。

(一) 本件土地および本件立木の本件売買当時の価格は五七一〇万四八〇二円が相当であるに拘らず、本件売買の代金はわずか金二五万四〇〇〇円であり、地方財政法一条、二条一項前段、八条の精神に反するものである。

(二) 毛越寺は宗教法人である。しかるに本件売買は右のように正当な対価によってなされたものでないから、実質的にみて憲法八九条、地方自治法(昭和三八年法律九九号による改正前。以下同じ。)二一二条、二三〇条に違反するものである。

(三) 本件土地および本件立木の売却のためには、競争入札に付すべきであるのに、これをしなかったのは、地方自治法二四三条に違反している。

(四) 毛越寺は一八院から成り、感神院はその一院である。被告は右感神院に生れ、その住職の地位は継がなかったが感神院に住んでいる。したがって実質的にみて、本件売買は地方財政法、地方自治法の精神に反するものである。ちなみに、昭和三八年法律九九号による改正地方自治法二三八条の三第一項は、公害財産に関する事務に従事する職員は、その取扱いに係る公有財産を譲り受けてはならない旨規定している。

(五) 本件売買は被告の裁量権を超えまたは濫用したもので違法である。

(1) 本件売買の目的物は公共性の強い公園である。

本件土地はいわゆる「塔山公園」を包含しており、町民に長い間親しまれてきたものであり、最近では昭和三四年九月に町民全員の勤労奉仕のもとに塔山公園の保存造成がなされ、「あずまや」も建てられたのである。しかるに、この利益を独占的に毛越寺に与える本件売買は全く不当である。

(2) 本件売買は住民が強く反対していた。

塔山公園附近の高館学区(第一一、一二、一三区)の住民は昭和三六年一二月さらに翌年一月にそれぞれ住民大会を開いて本件売買に反対し、特に昭和三六年一二月一八日には高橋長治等が各部落代表として本件売買に反対する旨の請願を平泉町議会に対してした。しかるに本件売買は住民の意思を全く無視したもので不当である。

(3) 本件売買は一七九番の一三についてなされたものであるが、右土地と毛越寺所有地との間に横たわる一七九番の一四を町有のままにしてなされたもので、かかる売買は毛越寺からなされた請願の趣旨にすら反するものであり、また、まことに不自然かつ非常識きわまるものである。なお、一七九番の一三と同番の一四との間には画然たる境界は存しない。

(4) 本件売買は毛越寺からなされた請願の趣旨と合致しない。

本件売買後も、毛越寺庭園の管理団体は依然として平泉町であり、その整備のための負担金を平泉町が出しており、また毛越寺境内に民有地が存することなどからみて請願の趣旨にこたえたものとはいえない。

(5) 本件売買の背景

平泉町では過去十数年来、下達谷の盗伐事件、駅前土地事件、達谷の現議員に対する町有林払下げ事件など町有林の盗伐に明け暮れていた中で、小金沢盗伐事件(平泉町所有の平泉町平泉字小金沢八七番の一原野二町一反六畝一六歩地上の立木の盗伐事件)が起き、この事件に関して昭和三六年九月二八日平泉町議会に被告に対する不信任案が提出せられ、昭和三七年一二月一日同議会では被告の町有財産管理方法を非難する旨の意見書を採択した。

こういう事情の下で町有財産の管理について厳正であることが特に要求されている中で、被告は本件売買をしたのであるから、その不当なことは明瞭である。のみならず、平泉町一帯は観光地として近年注目をあび、交通量が増大し、幼児が自動車事故で死亡するなどという事故があいつぎ、保育所建設など住民の福祉のためになすべき施策が数多くあり、そのためにも町財政を健全化すべき立場におかれていた。

このような背景の中で被告が本件売買をしたことは不当であること明白である。

(6) 本件売買については、昭和三七年一月二八日に岩手県地方課によってその違法であることが指摘され、被告自身も県に二回呼び出されてその旨の行政指導を受けながらそれに従わないばかりか、県地方課の意見概要の復命書もにぎりつぶしたまま本件売買を強行したのであり、その不当であることは明白である。

(7) 前述の(一)乃至(四)の違法原因の事実はそれぞれが独立した違法原因であると同時に、仮にそうでないとしても、(五)項の違法を裏付ける事実をも組成する。

(六) 被告は、本件売買については少くとも、前記(五)の(6)の岩手県地方課の意見をきいた段階で町議会の再議に付すべきであったのに(地方自治法一七六条四項)、これをしなかったものであり、その点でも本件売買は違法である。

(七) 平泉町議会の議決は違法である(予備的主張)。

本件売買のための町議会の議決については、町議会に対する請願に基き、これを採択するか否かを審議するための特別委員会が設けられ、ここで採択と決した後、町長に送付され、町長提案の議案として審議され可決されたという過程である。

右議案については当時の議会でも、憲法八九条、地方自治法二一二条、二三〇条などの関連が意識され相当価格乃至適正価格でなければならないとされながら、価格の点は特別委員会では全く審議されなかったのは勿論のこと、議会においてもほとんど審議されておらず、とくに議会においては、本件立木は切ることはできないという誤った前提で審議され、また風倒木のことは全く議論されておらず、実質的にみて価格の点については審議を経ていないのに等しいものである。

また、右議案の審議および採決には高倉秀玄議員が加わっているが、同議員は毛越寺の事務局の副執事であり、「自己の従事する業務に直接の利害関係のある議事についてはその議事に参与することができない」(地方自治法一一七条本文)のにこれに参与し、採決にも加わっているとみられる。

したがって、以上の点を総合すれば、平泉町議会の議決も違法である。

5  被告は、平泉町長として、右の違法な処分により平泉町に対し少なくとも金五六八五万〇八〇二円の損害を与えた。

6  原告岩渕信、同沼田広次、同菅原信夫は昭和三七年四月一八日、原告岩渕勝次郎は昭和三八年三月一日、地方自治法二四三条の二に基き、それぞれ監査請求をしたが、なんらの措置もとられない。

7  よって原告らは平泉町のため、被告西洞承継人らに対し金五六八五万〇八〇二円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三九年四月一二日から完済まで年五分の割合による損害金の補填を請求する。

二、答弁

1  請求原因第1項、第2項、第3項は認める。

同第4項、第5項は否認する。

同第6項は不知。

2  本件売買には違法性がない。

(一) 本件土地の一部である実測七町二反二畝二一歩は昭和三四年五月二三日文化財保護法に基き文化財保護委員会により特別名勝に指定され、この部分は塔山と称する一山の南面部分で、東面部分と一体をなしている。したがって本件土地全体について所有者は管理保護につき文化財保護法により普通の物件とは異なった取扱いをしなければならない義務を負担しているものであり、その市価も普通の物件と同視しえない。

(二) 本件土地は昭和三八年八月二三日森林法第三〇条により保安林に指定する予定を以って立木の伐採を禁止され、ついで昭和三九年一月一四日同法第二五条により保安林に指定され立木伐採を禁止された。したがって、本件売買の価額算定については立木を除かなければ妥当でない。

(三) 本件売却価額は一反歩二〇〇〇円の割合になっているが、これはその前に平泉町長嶋地区の所有山林を一反歩一六〇〇円で払下げた場合の値段を参考にして町議会が決めたものである。

(四) 被告は町の執行機関として町議会の議決事項を執行したにすぎず責任を追及されるべきではない。

昭和三六年九月二五日毛越寺住職穂積慈玄から平泉町議会議長小松代幹太郎宛、本件土地及び立木の払下げを受け同寺の庭園の一部に編入したい旨の請願書が提出され、同議長は右請願を同議会に提案し、同年一二月一九日第四回町議会定例会において右請願を審議した結果、本件土地立木を代金二五万四〇〇〇円で同寺境内に編入する目的で同寺に売却することを可決した。その結果、被告は町議会決議の執行として本件土地及び立木を同寺に売却し代金受領のうえ移転登記手続をした。本件売買については代金、目的、相手方は前記のように町議会の決議によって決定されているので、町長としては売却処分につき公告をするとか公入札に付するとかの余地は全くなかったものである。

(五) 原告は本件物件の売却のためには地方自治法二四三条により競争入札に付すべきであるのにしなかったと主張しているが、同条第一項但書は、条例で定める場合に該当するときはこの限りでないと規定しており、平泉町の昭和三二年条例第七号町有財産の取得管理及び処分に関する条例第一八条但書は、町長は町議会の同意を得て随意契約を締結できると規定しており、本件の場合平泉町議会で本件売買について決議されているので、原告の主張は当らない。

(六) 平泉町が毛越寺へ本件土地、立木を引渡しようとした際、実測反別が一二町六反七畝一九歩以上あったので、これを昭和三七年三月二〇日一七九番の一、同番の一三、同番の一四に分筆し、正確な反別一七九番の一三原野一二町六反七畝一九歩のみを同年三月二七日同寺へ移転登記の上引渡したものである。

(七) 仮に本件売買が違法であり、その違法が強行法規違反であるとすると、本件売買は無効でありその効力を生じないというべきである。そうなれば損害の発生ということはありえない。

三、被告の主張に対する原告の主張

1  被告の主張に対する認否

被告の主張(一)のうち、本件土地の一部が特別名勝に指定されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)のうち、本件土地につき昭和三八年八月二三日保安林に指定予定の旨告知されたこと、昭和三九年一月一四日保安林に指定されたことは認めるが、その余の事実は争う。

(三)以下はすべて争う。

2  特別名勝の指定は一七九番の内実測七町二反二畝二一歩となっているが、それは一七九番の一四と本件土地とにまたがっているので、本件土地のうち特別名勝の部分は多くとも五町八反九畝三歩をこえることはない。さらに特別名勝に指定されたのは、価値が市価より低いからではなく、かえって価値が高いからである。

もともとわが国にとって芸術上又は観賞上価値の高いもののうち重要なものが文化財保護委員会によって「名勝」と指定されそのうち特に重要なものが「特別名勝」と指定されるのである(文化財保護法二条一項四号、六九条一項、二項)。そして「その価値を失った場合」には指定は解除されるのである(同法七一条一項)。価値とはいわゆる「使用価値」につきるものではない。本件土地についても、あらたに手をいれて築山し植林して現在のような風致をつくり出すとしたら、多大の出費を要することは多言を要せず、このことは逆に本件土地の価値の大なることを物語っているのである。

特別名勝の指定が私所有権を排除するどころかこれと親しむものであることは、毛越寺境内に民有地が存すること、同寺自身が境内の特別名勝の指定を受けている部分の内から樹木を伐採している事実からも首肯されるところである。

3  保安林の指定は、本件売買処分時よりもはるかに後のことである。のみならず指定後においても伐採は相当程度なされているし、昭和四一年から昭和四二年にかけて本件土地内を貫通する観光道路がつくられたという状況である。

また本件土地には風倒木が年間少くとも四二立方米(時価二一万円)生ずるとみられることも考慮されるべきである。

4  平泉町議会が本件売買について議決という形で承認を与えており、被告による本件売買はその執行という性格を持っているとはいうものの、議会の議決があったからといって被告の違法な本件売買が適法となるものでない。

5  違法性の強弱はさまざまで、それが常に行為の無効を惹起するものではないのみならず、取引の安全の要請をも考慮にいれると、住民訴訟において私法行為の無効、取消の結論は極力制限されるべきである。新法において私法行為の取消、無効の請求を明文で廃止し、行政処分のみの無効取消にしぼったのもこの趣旨にほかならない。本件売買も違法であるが、納税者訴訟における住民の訴権の行使においては、その訴権の意義性質からみて私法行為の効力にかかわらせることなく損害の補てんで足りるのである。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因1、2、3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、次に、原告らの監査請求手続の経由について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告岩渕信、同沼田広次、同菅原信夫は昭和三七年四月一八日平泉町監査委員に対し本件売買に関し監査請求をなし、同年五月七日右監査委員は原告岩渕信に対し請求に係る事実がないと認められる旨通知し、右原告らはこの措置に不服があることが認められる。

ところで、原告らは原告岩渕勝次郎が昭和三八年三月一日監査請求をしたと主張するが、これを認めるに足る証拠がない。しかし、≪証拠省略≫によれば、原告岩渕勝次郎は本訴提起後の昭和三九年一二月二一日平泉町監査委員に対し本件売買に関し監査請求をなし、右監査委員は昭和四〇年三月六日平泉町長に対し損害補てんの措置をとるべきことを勧告し、同日この旨右原告に通知したが、平泉町長は何らの措置を講ぜず、右原告は右措置に不服があることが認められる。

いわゆる住民訴訟において、住民が監査請求手続を経由しないで直接訴を提起することは不適法であるが、訴提起後に監査請求手続を経由したときは、右瑕疵は治癒されるものと解するのが相当であるから、結局原告岩渕勝次郎の本件訴は適法である。

三、そこで、本件売買が町有財産の違法な処分に該当するか否かについて判断する。

1  本件土地の特色

≪証拠省略≫によれば、本件土地は毛越寺庭園の背景となっている山の一部であり、毛越寺庭園(その背景を含む)は特別名勝、特別史跡の指定を受けており、当地方における有名な観光地であること(この点は当地方において公知の事実である)、本件土地は俗に塔山公園と呼ばれる地域を包含し、また、本件土地の一部(七町二反二畝二一歩)は特別名勝の指定部分となっていること、右の塔山公園は長い間町民のいこいの場として親しまれてきたもので、昭和三四年九月には町民の勤労奉仕によって塔山公園の保存造成がなされたこと、以上の事実が認められる。

2  本件売買成立の経過

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

昭和三六年九月二五日、毛越寺住職穂積慈玄から平泉町議会議長小松代幹太郎および平泉町長西洞一郎宛に本件土地及び立木の払下を受け同寺の庭園の一部に編入したい旨の請願書が提出された。同議会は同年九月二九日の定例会において右請願を審議するための特別委員会の設置を決め、右特別委員会は、審議の結果右請願の採択を可決したが、払下の価格については全然審議しなかった。そして、同議会は同年一二月一九日の定例会において毛越寺に対する本件土地立木の払下を可決し、休憩に入ったが、この休憩中に全員協議会という変則的な形で払下の価格について協議した。この場合に、憲法八九条、地方自治法二一二条との関係については、適正価格で払い下げるなら右規定に違反しないと認識されていたが、西洞町長は、以前に平泉町内の長嶋部落民に町有山林を反当り一六〇〇円で払い下げた例を持ち出し、本件は反当り二〇〇〇円(坪当り七円弱、売買代価は二五万四〇〇〇円)でどうかと提案し、地上立木は保安林であって伐採できないから代価に考慮しない旨誤った説明をし(当時まだ保安林の指定はなかった。後記認定のとおり。)、また、本件土地は風倒木が出ることも全く考慮に入れなかった。しかるに、全員協議会は右町長の説明を異議なく了承した。再開された議会において西洞町長は町有財産処分に関する議案(本件土地立木を二五万四〇〇〇円で毛越寺へ払い下げること)を提案し、議会は価格について全く討議せず、右議案をあっさり可決した。

右議会の直前すなわち同年一二月一一日及び一八日、本件土地付近の高館地区の住民は本件売買に反対する旨の請願を平泉町議会に提出したが、これは議会に上程されなかった。昭和三七年一月下旬、岩手県地方課は平泉町職員に対し、本件売買は地方自治法に違反すること明白であり、対価は適正でなく当然無効のおそれがある旨注意し、その頃西洞町長自身も県地方課に出頭した際同様の注意を受けた。しかし、西洞町長は地方課の右意見を町議会に知らせず、したがって、議員は誰もその当時右地方課の意見を知らなかった。西洞町長は、右意見を無視し、本件売買を町議会の再議に付することもせず、昭和三七年三月二六日本件売買契約を締結した。そして、登記手続に当り、一七九番の一を同番の一、同番の一三、同番の一四に分筆し、同番の一三(本件土地)について所有権移転登記手続をした。同番の一四は、毛越寺所有地と同番の一三との間に、平泉町有のまま残ることになった。

3  本件売買の価格

本件売買の価格は二五万四〇〇〇円であるが、≪証拠省略≫によると、盛岡地方法務局は本件土地の所有権移転登記の際本件土地を一一四万〇八七〇円と評価して登録税五万七〇四三円を徴収していることが認められる。右評価額は一般取引価格より相当低廉であると考えられる。また、≪証拠省略≫によれば、本件土地付近の大沢二〇番山林一町七反二畝一七歩が昭和四一年四月二八日に一〇三五万四〇〇〇円(坪当り二〇〇〇円)で売買された事実が認められる(ちなみに、本件土地を坪当り二〇〇〇円で評価すると約七六〇〇万円となる)。更に、鑑定人永野正造の鑑定の結果によると、本件売買当時の本件土地および立木の価格は五七一〇万四八〇二円であることが認められる。以上の諸点から考えて、本件売買は極めて低廉な価格でなされたものといわねばならない。

4  本件売買の効力

本件売買は、前記認定のように、平泉町の町有財産である本件土地および立木を極めて低廉な価格で宗教法人たる毛越寺に売却したものであるから、憲法八九条、地方自治法二一二条に違反すること明白であり、この違法は当然無効をきたすと解すべきである。

被告は、本件土地の一部が特別名勝に指定されているので、その価格は一般の場合と同視しえないと主張するが、特別名勝に指定されている事実は本件土地及び立木の売買価格を安くする理由にはならないものと解される。また被告は、本件土地は保安林に指定され、立木の伐採を禁止されたので、売買価格から立木を除くべきであると主張しているが、本件売買当時本件土地に保安林指定はなく、昭和三八年八月二三日保安林指定予定の旨告知され、昭和三九年一月一四日保安林指定がなされたことは、当事者間に争いないところであるから、保安林指定は本件売買の価格にはなんら影響しないものである。

被告は、本件売買価格は長嶋地区の例を参考にしたと主張するが、≪証拠省略≫によると、昭和三一年に平泉町有山林が同町長嶋部落民に反当り一六〇〇円で払い下げられたが、この山林はもと長嶋村の所有で、同村村民が長い間草刈場として使用してきた土地であること、同村が平泉町に合併したことにより右土地は平泉町有となったが、右合併の時右土地をを長嶋部落民に払い下げる話合がなされたこと、右のいきさつにより反当り一六〇〇円という値段で払下げになったものであること、以上の事実が認められる。したがって、右長嶋部落の事例を本件の参考とすることは適当でないと考えられる。

更に、被告は、町の執行機関として町議会の議決事項を執行したにすぎないと主張するが、議会の議決を要する事項についても、その執行は執行機関の権限と責任において行なうべきものであるから、右のような言分は成り立たない。また、議会の議決があったからといって、違法なものが適法になったり、無効なものが有効になったりすることはない。

四、右のように、本件売買は当然無効であるから、この売買の目的である本件土地及び立木の所有権は毛越寺に移転していないものであり、平泉町は本件土地及び立木の所有権を喪失していないことになる。したがって、原告らが主張する本件土地及び立木自体の損害は平泉町に生じていないものといわねばならない。本件売買によって生じた平泉町の損害の補填は毛越寺に対する登記抹消、占有返還の方法によって行なわれるべきものであり、物自体の損害が生じていない以上、町長に対する本件損害賠償請求は失当である。

五、よって、本訴請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 片岡正彦 児玉勇二)

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